司書さんにツッコミをいれる、いち読書人

図書館に行っても本当は何も借りる予定はなかったのだけど、まあ本棚でも眺めてくるかと思い、2階に上がるのが面倒だ(その図書館は児童書が1階その他の本が2階と分類されている)、という友人を受け付けカウンターのところに残して、本棚を眺めに僕は1人で行動した。そして上に書いた本を手にして友人のもとに戻った。
すると、
「夏川が良いって言ってた本ってこれだっけ?」
と言いながら、友人がある本を指さす。
そこには見たことも聞いたこともない馴染みのない作家の『本格推理委員会』という本があった。
どうやら友人は本の名前を告げて司書の人に持ってきて貰ったらしい。その本であっているのかどうか気になるといった具合で、そこにいた司書3人も僕の方を向く。
でもそんな『本格推理委員会』を僕は知らない。
「ん? ……本格って……もしかして『本格小説』のこと? 水村美苗の?」
「ああ、そうだった」と友人は声を上げた。
「ええ?」と司書の1人がはにかんだ笑みを浮かべながらパソコンに向かい本を検索した。
「貸し出し中じゃなければ僕が取ってきますよ」と言いながらすでに僕は歩き出していて、向きをかえたと同時にパソコンで検索していた司書が「ああ、確かにありますね」と言った。
友人が司書に何と告げたのか知らないけれど、まったく違う本があったのは可笑しかった。
司書の人は誰1人『本格小説』を読んでなかったのかな。
友人が借りたので久々にその文章に軽く目を通してみたのだけど、やはり程良い重厚さがあり、読み応えのある良い小説だ。これは傑作ですぞ、とあらためておすすめ。


友人はまた、司書に、なにかおすすめはないですか、というようなことも言っていたらしく、司書の1人が何冊か本を持って来ていてカウンターにならべていた。若い女性の司書だったけど彼女の趣味なんだろうと思うが、角田光代の本が4冊あった。他に伊坂幸太郎があり村上春樹があり、あと外国人作家の本が1冊。
本のならびを見るだけで明らかに角田光代を大プッシュしているのですけども。
友人は僕に「どれが良いと思う?」と訊いてくるけれど、残念ながら僕はその中では村上春樹の『アフターダーク』しか読んでなく、なにも答えることができなかった。
司書のお姉さんは、角田光代の本はどれも読みやすいですよ、と言っていたと思う。それはふむふむと聞いていたのだけど、そのあとに「伊坂幸太郎のこれ(グラスホッパー)は直木賞を取った作品ですし」と言ったので、「いや、それは直木賞の候補になっただけで受賞はしてないんじゃなかったっけ」とすかさず口をはさんでしまった。伊坂幸太郎直木賞を受賞していないはず。
またその司書のお姉さんは、その場には本がならんでなかったのだけど、なぜか田口ランディの名前を出して、「田口ランディも読みやすいし、この前芥川賞を取りましたしね」と言っちゃうので、またしてもすかさず「いや、田口ランディ芥川賞を取ってないですよ。直木賞の候補になったことはあるけど」とツッコミを入れる。
司書のお姉さんが田口ランディを誰と勘違いしたのかわからないけれど、この間違いはとても面白かったかも。
その司書の人は村上春樹が好きだというので、『アフターダーク』のこともふまえて少々話をしたのだけど、考えてみればそのように司書の人と本の話をするのはたぶん初めてのことだったかもしれない。


中学生の時だったか高校生になりたての時だったか、図書館に行って『諸葛孔明』というタイトルの少々厚い評伝を借りたことがある。貸し出しの手続きをしているときに、当時その図書館にいた初老の司書のおじさんが「お、いい本借りるね。この本はいいぞ」というようなことを言ってくれた覚えがある。他愛ない言葉だけど、なぜか嬉しかった気がする。ふと思い出したこと。


友人は結局、角田光代の『空中庭園』は良いって聞いたことがあるな、と僕がなんとなく言った言葉を受け取って、その本を借りる本に加えた。