natsukawa2005-06-29

ものすごく晴れていると思ったら、いきなり黒い雲におおわれて、雷が鳴り始め、土砂降りの雨が数分だけ降ったりする。
変な天気。


勉強中、不意に、文才とはなんぞや? と思い始めてしまい、そうなるともう集中力は切れ、勉強が手につかなくなった。
しかたないので、ネットに繋いで様々な人が書いている日記文に目を通してみた。
しかし、文才ねぇ……、と呟いてみるだけで特に思うところなく。
表現が上手い人は普通にいるのだけど、その文章が魅力的かといえばそういうわけでもない。
逆に、やたらと不器用な文章であっても、なにか惹かれるものがあったりする場合もある。
文才があるというのは、おそらく後者のことを指して言えばいいのかなと思うけれど、あまり表現が下手すぎても文才があるとは言いにくい気もする。
となると、その両方をあわせもつ人じゃないとダメなのか。
表現が上手くて、なおかつ魅力ある文章を書く人。
居るようでなかなか居ない……
ってこれは結局読み手の好みになってくるのかな。
万人にうける文章なんてあるわけないだろうし。
あとやはり、どんな文章でも書けるというのも文才があるといえる条件か。
などとぼそぼそ書いてみたけれど、結局なにが言いたいのか自分でもよくわからなく、書き連ねたことはわかりきったことでしかないような気がしはじめて、はてさて……と濁してみる。
こりゃきっと熱波にやられてる。
そうそう。
前から思っていたことだけど、はてなダイアリーで書いてる人は文章の上手な人が多いね。


このところ思うのは、堀江敏幸みたいな文章が欲しいなということ。
やや冗長すぎる表現の時もあるけれど、総じてとても綺麗な文章。今一番のお気に入り。
昔、芥川龍之介のすっきりとした文章が好きで、毎日筆写していた時期があるのだけど、それではたして芥川の文体が少しなりとも身に付いたかといえば、はっきりそうだと言えるほどの自信はなく、自分のなかでは、特にこれといって変化はなかったよなという気がする。
堀江敏幸の文章でも使ってまた久しぶりに筆写でもしてみようかと思うのだけど、それでここの文章になにか変化が見られれば面白いかも。
僕の場合、そのときの気分次第で文体がころころと変わってしまうように思うので、どうなるかな。
あと、前から自分の文章について思っていることだけど、1文を”逆接”で繋げることが多すぎだよねぇ……。これ、なおしたいところ。