読了

短篇よりは少し長いかなと言える作品が3つ収められている。本のタイトルはそれぞれの作品のタイトルを並べたもの。
基本的にはそれぞれ独立した作品なのだが、作品をまたいで出てくる人物があったり、物や場所があったりする。そして作品を通して、現実と現実とは離れた場所との狭間でもがき苦しむ男が描かれている。
これはゾクリとする恐ろしさがある小説だと思った。ホラー小説と呼ばれるエンターテイメント作品の恐ろしさとはまた違う。うわっと驚いただけでは消えない、なんだかはっきりしない、不気味でとらえきれないものが、澱み、堆積していく。
現実から離れた暗闇の中でもがき苦しんだ男たちは、それぞれ、一筋の光を見つけたかのように、すとんと幸福感を抱いている。これにより、読者も不気味なもやもやの堆積から解放される感じもあるが、しかし、どんよりとした空気は完全には消え去りはしない。
今まで松浦寿輝の作品は、『幽』と『花腐し』を読んでいるが、これらは通して、不確かさや、危うさや、はかなさが漂っているように思う。今回の作品は、それらをさらに深めたというか、強めた作品になっていると感じた。作品として、ほころび、崩れそうなところを、力で押し切ったという、張りつめた緊張感もある。タイプは違うかもしれないが、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』に通じる部分があるんじゃないかな。
ただ、この作品を読むには、『幽』や『花腐し』にふれて、助走をつけて臨んだ方がいいかもしれない。
また、今回の作品では実験的な手法も試されているのかな。

車道に出て、交差点の信号が変わりかけていることに意識のどこかで気づいてはいたようだがそのままぼんやりと足を踏み出し、そのとたん角を曲がって突っこんできた車にはねられ路上にたたきつけられどうやら木原は死んで、しかしそれでもゆらりと立ち上がり昭和通りをとにかく渡りきることは渡りきった。

この箇所は、ん? と思って、何度か読み返してしまった。この、「どうやら木原は死んで……」の部分に拒否反応が出るようなら、ちょっと苦しいか。受け入れ、楽しめるというのなら問題ないが。
なかなか良い作品だと思った。